貴金属
@silverclock96
ゼロ年代に魂を置き忘れた元文芸部長。メガネと伝奇とSF哲学をこよなく愛する。最近の主ジャンルは型月となく頃にとジャンプ、遊戯王。【Web小説サーチエンジン】ノベレコ(@novereco)のプログラム担当の方。Amazonアソシエイト参加中。
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万民の外にある原理としての「正しさ」の話をして人間はそれに従う・従った形で抗うしかない、という世界観と、己の感情を充足させることが「正しい」という世界観がぶつかっても意思疎通は不可能なのだが、『大きい世界』の真実は前者であるので
己の外に正しさを置いているという点では神の信仰も無神論原理信仰も同じという暴論がぶてるので、神は死んだが理屈が神の代行をできていないので理屈を知らない者は己自身の感情しか神と崇めるものがないのだろう
約20年前までの社会はインターネット使ってるのは一部の物好きであったので、人間社会の正しさを決めるのはその場で一番強い人であったし、なんならインターネットも個人サイト主体だったので場の正しさとは管理人さんのものであったから、強い人に従うか「自分が暴れて一番強く」なれば通ったからな
自己分析能力・メタ認知が多く要求される現実社会から目を背けて、そういう能力を学校教育の過程で養う機会を一切子供たちに与えてこなかった結果の惨状が昨今のアレとかコレなんですよ(主語がデカい)
高校教育まで全然そんな話してこなかった癖に就職活動になっていきなり自己分析能力が持ってて当たり前の必須スキルですみたいな扱われ方されるの、どういうチャート組んでるんですか?? と一言二言物申したくなる気持ちは、私にも結構あるぞ!!
この辺は寧ろ「感情」の概念を軽視してしまうから起きてしまう問題なんだよな 日本の教育は「感情」というものがどういうものなのかを掘り下げる機会を与えないから、正しさベースの話とゴッチャにしてしまう人が頻出してしまう
自分の感情の正しさを否定される事を自分の感情そのものを否定される事を同一視してしまうみたいなの、そういう感覚に陥ってしまう気持ち自体は私にも覚えが無いわけでもないからこそ、ここら辺を切り分ける処理をちゃんと学校教育とかで教えた方が良いだろ〜〜みたいな話に飛ばざるを得ない
「なんか嫌だからってその言い方はセンシティブなのでちょっと…」の話に、「こいつが感じているその嫌さは正しくて解らない奴は社会的弱者だからだ」と主張する本物の差別主義者が味方の顔をして続々乗っかってきているので、話題の話が言い方の話ではなく差別の話になるという構図なのだよな
ただこれが「議論」になる話だと議論の土俵に上がってくるだけの前提知識を持っていない人は話を後退させるので一旦黙って話を聞いてください、というのはある程度あるので難しすぎるんだよなーッ!
『正しくない』悪感情を処理するのに、「解ってはいるんだけど心がついてこないので今だけちょっと許してくれませんか」とへりくだるのではなく、この否定する人は社会的弱者なので発言は無効ですと言い張る声の自然乱発が起きているが、社会的弱者は黙れというのは『正しくない』極致の一つであり
「締切を破ってはいけない」という精神論だけ持ってる人が締め切りに間に合わない時どうなるかというと、音信不通になる。 それよりは「締切に間に合わないという失敗も人生にはある。その時は可能な限り早く先方にその事実を伝える」という手順を、心にピン留めしといた方がマシでしょう
「特に問題はないけどなんか嫌(←この時点で大抵『正しく』はならないがそれを思う権利はある)」、当然「あんま口にするもんじゃないよ」までは言われるし、そこで「不快感は正しい!否定するな!」って言おうとすると発端が『正しく』ないのでどんどん過激なことを言い続けることになるんだろう
実際に私にSAN値チェック起こさせたのは本体よりもそれに対して同意する時に度を越した過激な表現を添えている声の方だったので、自分の「なんか嫌」が否定された時それを正当化しようとすると人理性や良識のタガ外しやすいのだろうか
本当に心の底から面白いと思う作品ってアンチ意見を見ても「まぁ、お前らにはわからないか。この領域の話は……」と余裕こけるのでアンチの意見に少しでも共感を覚えてしまう瞬間にオレはその作品をつまらないと思っている事を自覚するのでそれが本当にキツイ